きいろいそらに

真夏から春のはじまりへと季節を逆戻りして、アジアの片隅の日本へ。

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今日は風の強いいちにちで、空には黄砂が舞っていました。
うすきいろの空に北京の日々を思い出し、帰った途端、アジアが恋しい。
今すぐにでもまた旅にでたい。


でも、そういうわけにもいかないので、
これからはじまる俗にいわれる日常を、非日常として過ごすことにします。


とゆうわけで、日々、たびのおはなしのはじまりです。
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# by ya_switch_nao | 2006-03-19 00:43 | 日々想うこと

チェンマイからの手紙

拝啓
鐘兄さんとけいちゃん


今日は、鐘兄さんとけいちゃんに話したいことがたくさんあるよ。
またここに戻ってきてほんとにほんとによかったと思えることがあって。


ずっと探していたティミーとタウに逢えたよ。
ずうっとずうっと逢えなかったのに、ほんとうにさいごのチェンマイの夜に。
心臓がとまるかと思った。
あのゲストハウスのすぐうらで、ティミーは今までどおりマっサージの先生を、
大学を卒業したタウはオシャレなバーのマスターになっていたよ。
タウは髪がのびてドレッドにしていてね、かわいい彼女もできていたよ。
2年半も前のことなのに名前もフルネームで覚えていてくれて、
けいこは今回一緒じゃないの?ってきいていたよ。
前にかいたゲストノートみせてくれて、幸せそうな私とけいこがいて泣きそうになりました。
彼らに再び会うことができたというだけで、今回旅にでてよかったと思えるくらいです。

ゲストハウスの猫も相変わらずなつっこくてかわいくて、ママもパパも元気です。
パパに鐘のこと話したら、一緒にサッカーやったなあと懐かしそうだった。
そうそう、イタリーと結婚したカレン族の男の子ってジャックのことだよ。
もうベイビーもできてイタリアのレストランで働いているんだって。
すごいよねえ。
もうほんとうにびっくりしてしまうよねえ。


ばかみたいかもしれないけど、
今でもチェンマイの道を歩いていると、ひょっこり鐘がでてきそうな気がしてしまいます。
みたことない果物もって、これうまいんやでーとかゆって。
タイ人みたいな笑顔でさ。
きっと鐘の魂は彼の大好きだったチェンマイにいるに違いないよね。


この街には私にとって大切なひとたちがいて、
それぞれがそれぞれの人生生きていて、
元気でよかったって確認したからってなにがあるってわけじゃないし、
人からみたら一方的な執着でしかないのだろうけど、
それでも、日本から遠く離れた国に生きる彼らを想う気持ちはなくなるわけじゃない。
ときどきとてつもなくさみしくなったりすることがあってもかまわない。


今月は鐘兄さんの一周忌だね。
初めて鐘にあったここで、たくさんのこと思い出すよ。
私があのときの鐘兄さんと同じ年齢なんてびっくりだよ。



さて。
明日の夜行バスでバンコクに戻ります。
その日のうちに飛行機にのってひさしぶりの日本。
みんなが寒い寒いというのですこし心配です。


けいちゃん、こんどは一緒にチェンマイにこようね。


ではでは、また。
よい日々を。


チェンマイから、なおより
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# by ya_switch_nao | 2006-03-16 00:34 | 旅のおはなし(インド以外)

さいごのチェンマイにて

タイにて再び高校の後輩と合流、
さらに在学時には知らなかった高校の同級生にも遭遇、
宿でかわいい20歳のジャパニガールも捕まえて、
チェンマイにて最後のひとときをたのしく過ごしています。

生のチャン(象)ビールとメコンウィスキーを青空のもといただき、
深夜までおよぶムエタイの試合で選手の腹筋にうっとりし、
無免許ながらバイクをレンタルしひたすら練習に励む日々です。

たった半年でこんなにかわるものかと目をみはるほどのチェンマイですが、
なつかしいタイの友達たちがみな元気なのがうれしい。

びっくりなニュースは、
1年前に刑務所入りした友人が予定より早く出所できていたことと、
カレン族の男の子がイタリーと結婚し、イタリアにて働き始めたということ。


はじめてここを訪れたのは3年半前、20歳の初めてのバックパックの旅。
すべての出来事にいちいち驚き感動し、旅の切なさなんて微塵も知りえなかった。
以来7度目のチェンマイで、昔の自分がふとした瞬間に顔を出し、
元気でやっているかなあ、なんて人事のように思い出す。
ああ、今年で24になるなんて信じ難い。



フリーター生活ものこりわずか、旅人生活もひとまず終了。
想い余すことなくチェンマイのくうきにひたっていこうと思います。
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# by ya_switch_nao | 2006-03-14 17:07 | 旅のおはなし(インド以外)

アジア人

今日は日曜日!
ということでチャトゥチャックで毎週開かれるウィークエンドマーケットに行ってきました。

摂氏35度をかるく越すバンコクの日差しの下を練り歩き、ますますとけて焦げました。
タイ人のこどもに疑わしげな瞳で「コン タイ・・・?」(タイ人?)と問われ、
お店の人にタイ語でけしかけられ、
日本人にはタイワニーズに間違えられました。

両目の間隔が割合ひろく、はなぺちゃな私は黒くなると日本人でなくなります。
今度の旅では

中国人
韓国人
タイ人
マレーシア人(マレー系、インド系、架橋、制覇)
シンガポール人
ネパール人
アッサム地方のインド人
バングラデシュ人
台湾人
そしてジャパニー

と、実に10カ国の人間になることができ、アジア人に生まれた幸せをかみしめました。


そして私は現地の人と話すとき、利便性をはかるため、
父親が日本人、母親が華僑のタイ人で、私はインドに留学している学生、
お兄ちゃんは出家してタイ僧になり、これまたインドに留学している。
お母さんとは日本語と中国語で話すから、中国語とヒンディ語がすこしできるの、
ずっとインドにいたから最近の日本のことはよくわからないし、お金もない、
ということになっています。
ほんとだったらいいのにと思います。



さて、
やっぱりタイ人が世界でいちばんかっこいいなと思いつつ、
自分のあほさも再確認、
今夜の列車で我が故郷、チェンマイに向かいます。
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# by ya_switch_nao | 2006-03-12 20:28 | 旅のおはなし(インド以外)

来月、神戸にゆくことになりました。

内定先の最初の研修合宿が神戸に決まりました。


一ヶ月ただで!神戸にいられる。
土日をつかって、四国とかー、鳥取砂丘とかー、伊勢神宮とかー、福岡とかー、
あわよくば桜舞い散る京都とか行けてしまうかもしれない。



というわけで、4月2日~28日、神戸におりますので、
関西圏のかたはぜひ!一緒にあそんでください。

以上、お知らせでした。
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# by ya_switch_nao | 2006-03-11 19:34 | 仕事のこと

再び、再び、バンコクへ

数えてみれば9回目のタイランド。
来るたびに様変わりするバンコク。

初めてきたときにはスカイトレインも地下鉄も開通してなかった。
カオサンもコンクリートだったし、スタバもなかったし、月曜も路面店はお休みじゃなかった。
バンコクっ子はどんどんお洒落になってゆくし、物価も上昇を続けている。

2ヶ月ぶりに戻ってくると、やっぱりそこかしこに新しい店がオープンにていて驚きました。
バンコクの成長ぶりには目を見張るばかり。


さてさて、ハジャイからバンコクへ、3等席にて18時間の旅。
常磐線の白電、4人一組のコンパートメントをご想像ください。
途中、しんどいなあと思うことあったけど、ここいちばんの楽しい移動となりました。

お向かいのおばさまに魚の干物とカオニャオやお菓子をいただいたこと。
うしろの席で始まった昼真っからの宴会で酔っ払いにからまれたこと。
隣の席の子が貧血で倒れると横から現れたおばちゃんがタイマッサージをはじめたこと。
ビール瓶ラッパのみ、タバコも車内ですぱすぱの不良っぽい17歳の少年が、
彼の母君の点滴が抜けると必死で針を入れなおし、マッサージ、席も譲ってたちっぱなし、
寒がると上着も貸していたこと。
駅弁売りのかわいいゲイの男の子にハイビスカスもらったこと。
みんなでおしゃべり、ごはんはわけあいっこ、席もゆずりあい。
夜は新聞をひいて床に雑魚寝がはじまりまって。
途中まで誰も私を日本人だと思ってくれなくて、びっくりされたのもおもしろかった。
(最近は日本人にもこんにちはっていうとうわって驚かれます。)


3等席の登場人物たちは、みんなわりと田舎の出身で垢抜けない感じではあったけど、
そのぶんひとなつっこくて、人情に満ちてあたたかくて、心はきちんと伝わった。
あの光景、あの人々に出会って、バンコクとは違うタイの一面をみれたと思う。
昔からかわらないタイのやさしさとつよさ、なんだろうな。



何度も訪れるといろんなことを覚えて行動の自由度は増すけれど、
何度訪れたって出会うのは初めてのことばかり。
嬉しいことに、まだまだタイとの関係は切れそうにありません。
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# by ya_switch_nao | 2006-03-11 18:50 | 旅のおはなし(インド以外)

バラナシの爆発テロ

今朝、国境をスムーズに通過、タイ側ハジャイに着きました。

町をすこし散策して、夕方にはバンコク行きの列車に乗ります。 
お金と時間、ともに残りわずかなため、座席は3rdシートになりました。
前夜も寝台が取れなく、2日連続座席移動で体調も心配ですが、踏ん張りどころです。


そんな弱音もはいていられないインドのバラナシであったテロ事件のこと。
ハヌマン寺院、shiv ghanga Exp車内、バラナシ駅にて、同時複数爆発テロが
3月7日夕刻にあったそうです。死傷者30人以上。まだはっきりとした情報はありません。
2月27日にもニューデリー駅にて爆弾ごとテロリストがつかまっています。
どこも、私が頻繁に利用するところ。
実際、28日の朝にはニューデリー駅にいたし、
もしマレーシアに来ることを選択していなかったらきっと3月7日は間違いなくバラナシにいたと思う。

でも、自分がどうこうよりも、あの土地の人たちのこと。
彼等は逃げられない。
5月のメインガートでのテロで犠牲になり、1ヶ月入院、いまも火傷の跡が顔に残るバル。
10月、デリーでディワーリー祭の直前に起こったテロはたくさんの一般人が犠牲になった。
お祭りの準備のための母と子供たちのたのしい買い物のひとときが一瞬で消えた。 
なにに気をつけたらテロを避けられるだろうか。
そこに暮らしている限り、彼等はただいつもどおりの生活をするしかない。                            

今月14日にはヒンドゥー教最大の祭り、ホーリーが控えています。
もし、なにも起こらなかったとしても、たのしいはずの祭りが不安なんて悲しすぎる。

このテロの風潮はなにが起因しているのだろう。 
どうしたら、なくすことができるのでしょうか。

なにかを訴えるのに誰かの命が必要な世界なんて。
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# by ya_switch_nao | 2006-03-10 14:56 | 旅のおはなし(インド以外)

マレーシアから、タイへ

もし、インドと中国と東南アジアが突如、一挙に恋しくなったなら、
そして、旅の猶予がきっぱり一週間、と宣告されたなら、

迷わずマレーシアに飛ぶだろう。

いくつもの種類の具が煮込まれた酷あるカレーのような、
あたたかでやさしく、すこし切ない真夏の夕焼けのような、
「マレーシア」という響き。

まだまだ歩き足りないし、食べたりないし、行きたい町もたくさん残っているけれど、
今夜、マレー鉄道にのって、タイの国境の町、ハジャイに向かいます。

ペナン島の紅茶色の子猫も、
宿の下のロティ屋さんも、
道端のタバコ売りのおじいさんも、
中国雑貨店の赤いエプロンのおばちゃんも、
ゲストハウスのスタッフたちも、

また、会うことができるでしょうか。


マレーの女性の鮮やかな民族衣装の華。
インドの音と匂いに満ちた通り。
チャイナタウンのお祭りのような毎夜の賑わい。

しっかり私の身体に沁みついた「マレーシア」の色。


もう行かなくてはならないのがさみしい。
旅行者の勝手な感傷にすぎないのかもしれないけれど。


Terima kashi、Malaysia. よい旅を、ありがとう。
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# by ya_switch_nao | 2006-03-09 15:12 | 旅のおはなし(インド以外)

ペナンの夕方

どこの国にいても、いちにちがおわりに向かう夕方はやさしい。
空のいろも、風のいろも、海のいろも、人々の表情も、あたたかな粒子で満ちるひととき。

今日はバイクをレンタルし、半日かけて島を一周しました。
多少鄙びてはいるけれど、ペナンは立派なリゾート地、ツーリストも多い。
でも、リゾートの中心を離れれば、ペナンに生きる人々の暮らしがあります。

なにより心打たれたのは、日が傾きかけた時間の漁村の風景。
簡素な木造の家屋のわきでハンモックに揺られる老人、
セパタクローで戯れる少年たち、小さな屋台で談笑するひとびと、
学校帰りらしき子供たちのはしゃぐ姿、舟からひき上げる男たち。
そしてそこには夕方の甘美な匂いが立ち込めていて、
私はひとり、酔いしれました。


毎日、夕陽に包まれるためだけに生きたっていいかもしれない。
何年か後に思い出すペナンの記憶は、きっと夕方のこの風景。
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# by ya_switch_nao | 2006-03-07 20:48 | 旅のおはなし(インド以外)

in Malaysia

マレーシアに入ってはや6日。
クアラルンプールに5日滞在の後、
いまはペナン島、海辺の小さなゲストハウスでのんびりしています。


常夏の国マレーシア。
私がいままでに訪れた国のすべてが混在しているようなところ。
毎日、なんどもなんども、ああ、知らなかった、と思うことばかりです。
すべての景色が、できごとが、太陽の熱気と共に音をたてて身体に沁み込んできます。

圧倒されたのは町を歩いたときの文化の多様さ。
スカーフで顔を覆ったマレー系の女性、パンジャビスーツのインド系の女性、
ルンギで歩くおじいさんもいれば、日本人とそっくりな華僑の人々。

町中に溢れる言語も、マレー語を中心として、タミル語、ヒンディー語、北京語、
広東語、もちろん英語とさまざまです。
中国語、ヒンディー語、英語、とどれも中途半端な私には心地よい。
マレー語はアルファベット表記というのにも驚きました。
マレー語は、ブルネイ、インドネシア、フィリピンの一部、タイ南部、シンガポールでも使えるとのこと。

インドミュージックが流れているかと思えば、となりでは最新中華POPS。
カレー屋を営むインド人の脇で、マレー人のナシゴレンの屋台。
中国のお茶屋さんもあれば、サリーの布を売るインドのお店もある。
隣国のタイのような東南アジアの町並みのなかで、3つの国が犇めき合う。


公では、マレー人、中国人、インド人、それにボルネオ島のサバ・サワラクを加えて
マレーシアには5つの民族がある、とされています。
KLの私のいたGH界隈はネパール人、ミャンマー人などの移民も多かった。
さらに中国人のなかにも福建系、広東系、客家系などさまざまだし、
インド人はほとんどが南インドのタミル系、しかし北インド出身の人にも出会えます。
ボルネオ島などにはインドネシア人や、フィリピン人の移民も多いそうです。

マレー人はほとんどがイスラム教。
中国人は半数以上が仏教(もしくは無宗教)、残りはイスラム教、キリスト教。
インド人は約9割がヒンドゥー教、しかしムスリムだっている。
マレーシアでは宗教の自由が認められていますが、しかし国教はイスラム教。
イスラムでは5行6信によってお酒が禁じられているのは有名ですが、
この国の商店ではビールもウィスキーも売られています。
(ただし、ムスリムには売りませんとの貼り紙つき。)

そしてNIESの一員というだけあって、都会っぷりも発揮しています。
タイの延長かと思っていたけど、物価や品揃えは台湾、シンガポール寄りです。



ああーもっとこの国を知りつくしたい、という気持ちでいっぱいです。
目的のない旅はもうできない、という発言は取り消します。
この不思議に溢れかえる世界を、私の細胞にとりこんでゆく作業。
たとえ欲深と罵られようとも、一生やめることができそうにありません。
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# by ya_switch_nao | 2006-03-06 19:13 | 旅のおはなし(インド以外)

さよならでなく

バラナシにてシヴァラートリというヒンドゥーのお祭りに参加したあと、
ふたたびデリーに戻って来ました。
今夜、マレーシア航空でKLにむけて出発です。

これからしばらくここには戻って来られない、戻ってきてはいけないという気持ち。
元来感情の起伏の激しい私はもっとさみしくなるに違いないと思っていたけれど、
パハールガンジの朝のように、いまは、とても、すがすがしい。



きっと、行ってきます、だからかな。
新しい、社会という旅にむけての出発。だからこんなにも晴れた気持ち。
私は中途半端に5年生かつ9月卒業だったから、卒業式にでていない。
この心持ちは、卒業式のそれと同様なのだろう。

つぎにインドに戻ってくるときにはひとまわり成長した自分でいたい。
こどもな自分とは決別し、しかし妥協の渦には巻き込まれずに。



旅で出会ったすべてのひとに感謝して。
いざ、出発。
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# by ya_switch_nao | 2006-02-28 13:19

待ち合わせ

旅先での待ち合わせがとてもたのしい。

いま、高校時代の後輩とデリーで合流してバラナシにいます。
思えば、いろんなところで、いろんなひとと待ち合わせをしてきました。
ソウルで日本に留学をしていた韓国人のスニョンと、
ニューヨークで、華僑のスコッチや、ケリー、留学した友達と、
トロントで後輩と、
チェンマイやコルカタで、旅友達と、
バンコク、バラナシでは数え切れないほどたくさんのともだちと。
初対面の、友達の友達と待ち合わせなんてこともあった。

あてのない旅で、外国で、携帯電話なしの待ち合わせ、
なんでこんなところできみといるんだろうねっていう不思議な感覚。
日本にいたときには知らなかった一面がかいまみれるおもしろさ。

誰かをたずねる旅もまたたのしい。

ひとり旅は、自分の感覚がとぎすまされる深さがある。
誰かと一緒の旅は、感覚が倍増し景色がひろがる。

どちらも味わえるのが待ち合わせ。
幸せな待ち合わせ。

お近くにおいでのさいはどうぞ一声おかけください。
これはもう、旅の醍醐味のひとつです。
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# by ya_switch_nao | 2006-02-26 17:04 | インドのこと

たたかい

今日は、初めてインドに来るという高校の後輩をお迎えにデリーへ。

shiv ghanga Exp.で18:45にバラナシを出発。
駅の屋台であつあつのプーリーとカレーを食べてごきげんに自分の席へむかうと、
なんでか欧米人カップルの大きなバックパックにより私の席が占拠されている。
彼らにむかってヒッピーの別の欧米人の女の人が早口でなにかはなしかけている。
残りの席にはアジア系の男の子がふたり静かに座っている。
今回は6人とも外国人か。とりあえず私の座る場所はない。

カップルに荷物どけてっていおうかなー、でもあと数時間で寝るしまあいいやーと、
上段のベッドに荷物をくくりつけ、となりのインド人のコンパートメントに居れてもらい、すみっこにちょんと腰掛ける。
ふいにこっちにおいでとヒッピーさんに話し掛けられる。
カップルが荷物すこしずらし、スペースができていた。

ヒッピーさんはNZ出身、USA育ち、現在はAU在住のシモーヌ。
10年来インドに通っているというおしゃべりな彼女とはすぐに仲良くなった。
アジア系の男の子はひとりは卒業旅行の日本人、もうひとりは映画学校に通う韓国人。
どちらもとても感じがよくて、韓国ドラマや日本の映画についてたくさん話をした。
とてもたのしかった。
ただ欧米人カップルは終始ふきげんにだまりこみ、彼女は彼氏のひざのうえ。
ここはインドですので、ほどほどに。

インドの列車、
とくにツーリストの多い路線ではたくさんの物乞いがバクシーシを求めて次々とやってくる。
ほんとうに次々と、だ。
しかし欧米人カップルの女が足で追い払い、男がなぐるそぶりをしたのには驚いた。
もちろん全てのひとにあげたらきりがない。私も半々の割合でしか応えられない。
でも、もし応えられなくても、just say no で十分だと思う。
カップルの挙動にまわりのインド人たちと首をすくめた。悲しかった。

その後も彼らの利己的な行動は続く。
日に日に暑さをます北インド。車内は扇風機ががんがんにまわっている。
汗がでるほど暑い車内。しかし、彼らは寒かったのか断わりなく3つある扇風機を全て止めた。
ひとつくらいはいいでしょう?とシモーヌがスイッチをいれると無言でまたすぐに消す。
彼らはぶあついジャケットをもっていたのに。
どうやらシーツがわりにしていたようだけど。

話してわかったこと。
はじめ、私の席にあったバックパックはシモーヌやインド人がなんどいってもどかさなかった。
インドの列車では座席の下や、就寝まではいちばんうえのベッドにのせるもの。
どこの国からきたかきいても無視。
こんな旅人はじめてみたなあと思う。

みんなが寝たのを見計らってシモーヌが電気を消した。
数分後、カップルの女が再び電気をつけた。
そしてそれはシモーヌと私V.S.欧米人カップル闘争の幕開けの合図となった。

Here is not your country、not your room、
here is India and here is common space.
Do you think you are selfish?Look at around the people.
Why you come to India?
電気か、扇風機か、どっちか選びなさい、とシモーヌ。
私は日本でわりと怒りっぽい。でも、欧米人とけんかをしたのははじめてだ。
英語が正しく話せなくて恥ずかしいなんて考えてるひまなかった。
なによりインドを侮蔑された気がして我慢ならなかった。

男に殴られるかとひやひやしながらも
さいごにふたりでヒンディ語でひとしきり罵声をあびせたたかい終了。

いま冷静になって考えると、
彼らもきっとはじめてのインドでたくさんだまされ疑心暗鬼で心細かったに違いない。
知らないインド人や、一人旅のそれも女のこどもみたいなジャップや、早口のヒッピーに注意さて、腹立たしかったにちがいない。
この出来事でますますインドを嫌いにさせてしまったかもしれない。
ああもっとやさしくすればよかった。
ヒンディ語で罵声なんてこどもと同じだよなー。

彼らはどこから来たんだろう。
シモーヌいわくスパニッシュなまりの英語、
でも元来スパニッシュは心が広いはずだから違うかもねー、と。

もし次にどこかであうことがあったらもういちど話し掛けてみようかなと思う。
ちょっとだけあやまってもいいな。
彼らのおかげでなんだかシモーヌとなかよくなったような気もするし。
せめて別れ際に、Happy jouney とひとこといえたらよかったな。
私もおとなになる努力をしましょう。


ああでもすこしだけ、ほんのすこしだけ。

おもしろかった、なー。
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# by ya_switch_nao | 2006-02-22 17:50 | インドのこと

お姉ちゃんの嫁入り

予定を変更してバラナシへ。
ほんとうはサンガネールの工房へ行こうと思って残していた時間。
いかないことにしたのはどうにでも理由づけはできるけど、ひとつは私の弱さです。
でもそれも受け止めて、また、ここに来ることに。


昨日からソニンちゃんの結婚式が始まりました。
私の大の仲良しアンキット(今年10才)のいちばん上のお姉ちゃん。
ああ、ソニンちゃんもとうとうお嫁さんになるのだなあ。

さて、昨日はお嫁さんのうちから山盛りのごちそうや、新しいサリーや、果物なんかを荷車に乗せて旦那さんのおうちまで運ぶ儀式でした。
ひとくちにインドの結婚式といっても、地域や家族によって実にさまざま。
ここのおうちでは、おばあちゃんの手作りのガネーシャ君や、このカーストならではの魚を象ったミターイ(甘いお菓子)も。

街中を激しい太鼓のリズムとともに踊り歩いて旦那さんのうちを目指します。
ほんとうは女性はこの列に参加しないのだけど、私は外国人かつ子供(!)同様ということでちびっこたちと手をつないで一緒に練り歩きました。
これによって交通渋滞がおきようとノープロブレムなインドがいとおしい。
通りすがりのひともたちどまり、ますます白熱していくダンス。

ふとよこに目をやるとアンキットがぐしゃぐしゃに泣いていました。
「どうしたの!?」ときいても首を横にふるばかり。
泣くのをこらえようとしているけれど、涙は次々とあふれ止まらない。

ああ、そうか。
お姉ちゃんがお嫁にいっちゃうんだもんね。
ずうっと一緒に暮らしてきた大好きなお姉ちゃんと、これからは別々のおうちに帰らなきゃいけないなんて悲しいのは当たり前だ。
そういえばいままで、お婿さん側でしか結婚式に参加したことがなかった。
もちろん幸せなことには違いないけれど、結婚式、さみしい気持ちをこらえているひと
もいるんだ。ただのお祭りさわぎじゃないんだ。
うちのお父さんも妹の結婚式で号泣したという話を思い出す。

アンキットの感情に触れて、私まで涙がでてきて、まわりのひとたちに
ほら、泣くのは明日までとっときなさい、今日はまだソニンはおうちにいるのだから、
とさとされる。

今晩、ソニンとさいごのお別れ。
アンキット、今日は一緒に笑顔で送り出そうね。
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# by ya_switch_nao | 2006-02-17 16:19 | インドのこと

デリーでの日々

デリーでは東に暮らしている友達のおうちへ。

たまたま飛行機の中で、彼女のだんなさんのお母さんと知り合ったのがきっかけで、
2年ちょっと前、私たちは友達になりました。
友達といっても、私のちょうど倍を生きている彼女は私の尊敬するひとのうちのひとりです。
インドで自分の仕事をつくりだし毎日一生懸命生きているひと。とてもかっこいい。
それから私のインドのお兄ちゃん。私が今まで出会ったなかで一番心のやさしいインド人。

ごはんをつくったり、お皿を交代で洗ったり、インドの生活は私にとっていつも新鮮です。
おとといの日曜日はみんなでお弁当をもってハリヤナ州までピクニックにも行きました。
でも、いっけんたのしそうなインドライフも彼女がたくさんの苦労をしてここまで築きあげたもの。
旅行とはわけがちがう。
ここでの生活は、ほんとうに勉強になる。
いままで日本で自分がいかにのうのうと暮らしていたか、その贅沢さがいたいほど。
断水、停電はあたりまえ、夏には50度になることもある気候。
もちろん停電したら冷蔵庫もファンも止まってしまいます。
欠陥製品、ケミカルが大量にはいった薬、くさっても売られる食品、
約束を守らない隣人、適当な病院、権力をふりかざす警察。
私たちのとっての普通の生活が精一杯な環境での暮らし。

私はインドが好きだけど、とてもこわい国だとも思う。
最近ニュースでとりあげられていたのは、
デリーなどの都会で、若い女の子がさらわれ、売春宿に売られる事件が頻発していること。
田舎の村の中学教師が17人の生徒をレイプしてつかまったこと。
よく調査したら同じ学校のもう1人の教師は24人もレイプしていたこと。
田舎では先生は神さま、おどされたら生徒もなにもいえなかったそうです。
(インドでは成人するまでにレイプ事件に会わない女子は3割以下といわれています。)
お手伝いさんが放火し家族を殺した事件。

5年くらいまでさかのぼると、
アーメダバードからの列車にムスリムのテロリストがのりこみ、ヒンドゥ教徒を皆殺しにし、
手足を解体し袋詰にしてデリーまでもってきた事件。
反対にヒンドゥ教徒がある小さなイスラムの村の村人全体を皆殺しにした事件。
女性のスウェーデン大使のレイプ事件。

殺人事件が大きく取り上げられない現状。ひとりひとりの命がかるい。
インドが神秘的な国というのは私は100%ちがうと思っている。
とても古い国。それがいいときもあるし、わるいときもある。

まだまだ私はインドを知らない。
もっと知る努力をするべきなのだ。



さあ、これから夜行でバラナシに出発。
考えることは山ほど残ってる。
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# by ya_switch_nao | 2006-02-14 22:47 | インドのこと

デリー

チェンナイからタミルナードゥエクスプレスに36時間半ゆられてやっとつきました。
一ヶ月半ぶりのニューデリー。

7つの州を通り過ぎ、途中、あ、匂いがかわった、という瞬間がありました。
やはり、南と北は別世界。
北インドの、乾いた、ほこりっぽい空気は、私にとってはほっとするなつかしい匂い。
南インドももちろん素敵だった。でも、慣れ親しんできたぶん、私はやはり北の人間。
ようやく、ただいまが言える。


とはいえ、車中ではこれでもかというほど体調がすぐれませんでした。
8日、列車にのった瞬間に嘔吐が始まりました。
でもなにかにあたったという感じではなくて免疫力が落ち、胃腸の働きが弱った感じです。
ひどくはないけど下痢にもなりました。
(なにしろあやしい食べ物が多すぎてわかりません。インド人食堂の水も飲んでるし)
同時刻、ものもらいらしきものが、右目の内側にできて、目があかなくなりました。
まばたきするたびに大量の涙。
嘔吐、下痢、眼痛のトリプルパンチ(しかも列車)で生きた心地がしませんでした。
8日の夜、食べたものは全部吐き出したし、9日はいちにち水ものめませんでした。
(水をのんだ瞬間吐いてしまうといった状態)
今朝すこしよくなってみかんを食べました。水も飲みました。チャイも飲めました。
眼痛はすっかり治りました。
ああ、健康ってすばらしい。すがすがしい空気!

同じボックスだった、ターバンさん3人組(シク教徒)と、タミル人のおじさん、
ヒッピーよりはサドゥーに近い風変わりなイタリア人に助けられ、いま、生きている感じです。
ほんとうにありがたいです。
自分の回復力にも感謝します。

これからデリー在住の友達のうちに行くので、しばらく休ませてもらおうと思います。
お母さんのつくったグラタンが食べたい。あと、味噌汁と、ガリガリ君と、冷たい麦茶。
早く完全回復して、インド食も食べ歩きたいです。
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# by ya_switch_nao | 2006-02-10 15:02 | インドのこと

北へ

日本をでてからもうすぐ3週間。
これから2泊3日かけて、夜行列車でデリーに向かいます。

マハーバリプラムでの生活が思いのほか心に残ってしまったこと。
南インドと今日でお別れなこと。
さっき会社の人事からメールがきて、残りの時間を考えなぜだか焦っていること。

これから大好きなデリーやバラナシに行くというのに、
いろんな想いが混じってぼうっとしてしまう。

根っからの旅人になれない私は、
どうしても日本に帰ってやらなきゃいけないことを考えてしまう。
生活のためのお金、将来のための資金を考える。
焦って少しでも早く帰ったほうがいいなんて思ったりして、
そんな甘えた考えはやく捨てろと自分に喝を入れる。
いまから負けてどうする。


ここで出会ったひとも、景色も、時間の流れも、自分の想いも、
一生かけて私の中に蓄積されていくもの。
いまの私にしか感じることのできないもの。


負けてなるものか。
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# by ya_switch_nao | 2006-02-08 18:19 | インドのこと

ポンディシェリ

今日はポンディシェリまで日帰り旅行。

ここは約250年間フランス領だったそうで、
今でも白い町並み、青い海、咲き乱れる花々、おだやかな風に包まれる美しいところ。
私は行ったことがないからわからないけれど、ガイドブックの「地中海風」という表現に、
きっとこんな感じなのだろうな、とすこしうれしくなりました。

まちのいたるところにフランス語表記。道行く欧米人も多い。
ちょっと私もお仏蘭西なバカンス風に「Le Cafe」という海辺のレストランで小休憩。
窓からは絵葉書のような海辺の景色、そよそよと心地よい風がふきこむ。
耳を澄ますとアイスクリーム屋さんのチリンチリンという鈴の音。

地中海だー

・・・なんて思いながらやっぱりインド飯を頼んでしまいました。
(フランスはそもそも地中海、ないですよねえ。)
訂正。世界地図みたらありました・・・。

フランス人街の外のマーケットもどこかすました感じ。
都会でなく、田舎でなく。
ときどき遊びにきたら楽しいだろうな。


インドはいろんな顔をもっていて、きっと何年かけて旅をしても足りないくらい。


困ったなあ。
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# by ya_switch_nao | 2006-02-07 20:16 | インドのこと

インド バスの旅

本日マハーバリプラムという海辺の村へやってきました。


南インドは鉄道よりもバスがずいぶん発達しているのでバス移動がとても多い。
列車よりも生活圏内に近いところを走るので車窓の風景に心躍ります。

たとえば、サリー姿で田植えをする人々。
果物をつまみぐいしながら道行く小学生たち。
チャイやあげものの屋台。それを買うひとびと。
はたまた、湖から生える無数の木々。(標高900メートルなのに!)
のどかな風景、にぎやかな町並み。

しかし、夜行バスには要注意。
コーチンからバンガロールまでの夜行バス。
ツーリスト用のバスは高すぎるー、と、ローカルバスをチョイス。
しめしめ170Rsも節約だぜ!と思ったのははじめのうち。

やってきたのは、もちろんリクライニングなんてなし。一列が2人がけと、3人がけの街中を走る普通のおんぼろバスでした。
14時間以上ものるのだし、となりがへんなおっちゃんだったらやだなーと、わざわざレディースシートにしてもらったのですが・・・このときほど自分の選択を後悔したことはありません。

忘れていました。
インドのマダムのビッグさを。


私のとなりにやってきたのは、ひとりはミドル級、そしてもうひとりは・・・・

スーパーサイズ!!

思い切りあしをひろげてくつろぐ彼女たちによって私のとりぶんなんてこれっぽっちです。
なんだか胃もいたくなってきました。
14時間耐久レースのはじまりでした。


SUPER FASTを謳うこのバス。
なにがSUPERかって、運転手のおっちゃんの追い越しテクニックでしょう。

おんぼろバスをクラクションをならしまくりながら高スピードでとばす彼。
え!それって二重追い越しっていうんじゃないですか!?
・・・って対向車きてますけどー!!!
なんてことはザラ。
急ブレーキになんども椅子から落っことされ、
しかもカーブのたびにマダムたちはのしかかってくる。
つい舌打ちしてしまったほどです。

ううーん、さすが、インド。

しかし、ここで急展開。
標高930メートルほどのバンガロールに近づくにしたがって、こわれて窓がしまらない車内が
どんどんひえこんでゆくにつれ、なんとマダムたちが寒がって収縮し始めたのです。
ひろがるマイスペース。おお!神よ!

夜中の2時をすぎたあたりからうつらうつらとですが眠りにつくことができました。
耐久レースもあっけなく終了。


いまとなっては笑い話ですが、あのときはもう二度とインドには来まいとおもったほどで、
プッタパルティからチェンナイ行きの夜行バスはこの教訓を生かして、すこし高めバスに。
ふわふわのシート、ゆったりリクライニング、もちろんACつき。
快適でした。

快適だったけど。

なんだかものたりないなー・・・なんて思ってしまったりも。
インドってこわい。


さて、深夜特急の沢木耕太郎さんは、ユーラシアをすべてバスで旅したというのだから
もう頭があがりません。
30年以上前、道もバスもコンディションは今よりずうっと悪かっただろうに。
すごいことです。


私もそのくらい気合いいれて旅しなくちゃーと思いました。
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# by ya_switch_nao | 2006-02-05 21:38 | インドのこと

サイババのまち

とあるご縁により、名前も知らなかったこの小さな町までやってきた。
プッタパルティ。
サイババのアシュラムのあるところ。

おとぼけな私は、サイババがまだ生きてることに、ちゃんと神様してることに、
人生かけて信仰している人々がこんなにも存在していることに、たいへんに驚いている。

ここでは彼のアシュラムに滞在中。
インターナショナルの女性ドミトリー。
私の部屋には信者のカナダ人の女の子と、クロアチアのおばあさん。
彼女たちによると、サイババはすこし離れた町に遠征中、
いつ戻って来るかはnobody knows 、because he looks very happy there.
だそうで、そこに行かなければあのアフロヘアーにお目にかかることはできなさそう。
ちょっと残念。でも追っかけまでする必要は断じてない。

アシュラムの中は、緑にあふれ涼しげで、整備された道にはゴミもなく、
物乞いも、むやみやたらに話しかけてくる輩がいないどころか、
目が合えばにっこり「サイラーム」とサイババ流ご挨拶。
レストランも、スーパーも、図書館も、ベーカリーも、公園も揃ってる。
信者は白い衣服に身を包み、そうでなければサリー。(欧米人のなんて多いこと!)

ゆったりとしたくうきの流れ。
ここはインドなのか、どこなのかさっぱりわからなくなる。

しかしおもちゃみたいに平和なこの小さな町には、生活の音というものがおよそ存在しない。
なぜだろう、ここはやっぱり不自然だ。


私は信者じゃないうえに、ここのシステムも、情報もほとんど知らないでここにいる。
サイババのなにがすごいのか、このひとたちはなにを求めてここにやってきているのか、
アシュラムの外の人々はサイババをどう思っているのか、あの髪型は生まれつきなのか、
まったくもってわからない。
まさか、隣のベッドでサイババの写真を飾りまくり、朝晩熱心に瞑想するカナダ人の彼女にきくわけにもいかないだろう。
どうしたって異様に思えるのはインドの現状とのギャップだろうか。


ただ、アシュラムの外のプッタパルティの町はすごくいい。
インドの暮らしがそこにはある。
ふたり友達ができた。
ダルジー(仕立て屋さん)のおじいちゃんと、チャッパル屋(サンダル屋さん)のおじいちゃん。
どちらもともにムスリム。にこにこ座ってひがないちにちおしゃべりをしている。
彼らの笑顔をみるとほっとする。



へんなまちだとおもうけど、でもここにきてよかった。
いろいろ想うことがあった。
帰ったらサイババについてしらべてみよう。(サイババの信者になるつもりはありません)


ここにくるきっかけをくれたhiroさん、どうもありがとうございます。

今日の夜行バスでチェンナイに向かいます。
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# by ya_switch_nao | 2006-02-04 16:09 | インドのこと

バンガロール

IT都市であるバンガロール。
都会的なところもあり、マーケットのゴミゴミした部分もあり、
私の好きなデリーになんとなく似てるような気がしてなんだか好きになれそうだと思った。

初めての地域(同じインドでも違う国のように感じる)ということもあって、
自分では気づいていなかったけど、随分気が張っていたようで、
ここにきていきなりすとーんと力がぬけてきた。
気持ちが、なんだか急に晴れてきた。


ネットカフェである出来事があった。
その日、店の前はちょうど配水管の工事中だった。
ふと壁に手をついたら、まっくろな油のようなものが手のひらにべっとりくっついてしまった。
わーどうしよう、ハンカチでふいたらハンカチもよごれちゃうし・・・と一瞬考え込んでいると、
そのお店で働いている10歳くらいの少年が私の汚れた手を覗き込み、
次の瞬間、
自分の手でそれをぬぐった。
さらに、自分のシャツで拭け、と少年は自分のきているシャツをさしだした。
終始無言で。
なんの見返りも求めなかった。


ここはヒンディ語文化圏でなく、彼は英語も話せなかった。
私は少年の使う言葉で「ありがとう」をなんというのかすら知らず、
シャツは申し訳なさ過ぎるので丁重に断り、thank you、といった。

私にはこんなこときっとできない、と思った。
ハンカチでふくことすらためらった。
私よりひとまわり以上、年下の少年。


きっとこの気持ちの晴れようは、君のおかげなのだろう。




インドのすべてを肯定することはけしてできない。
いやなところも山ほど知っている。
でもそれを打ち消すほどのなにかがある。



インドに生まれて世界をながめたら、どんなふうにみえるのだろう。
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# by ya_switch_nao | 2006-02-01 14:27

インドの朝とコーヒー

例により、朝は宿でおじさんの煎れたコーヒーを飲むことから始まりました。
南インドではコーヒー豆が採れるので、ネスカフェでないフィルターコーヒーが、
北よりも、安く、おいしくいただくことができるようです。
もちろんブラックも可。チャイに劣らないコーヒー文化。
アッサムに住んでいたコーヒー党の友達(日本人)が聞いたら驚くだろうな。
アッサムティーはもういいよーと嘆いていたものね。

ここコーチンは都市とは言えないまでも、わりあい大きな町です。
大きいけれど、近くに海があるからか、のんびりした空気が流れています。
朝もいいきもち。
私も海の近くに住もうかなー、それか大きな河!
とにかく水の近くは時間がゆるりとしているように思うから。


さて、さっきバンガロールへのバスチケットを買ってきました。
夜行バスです。というわけで、名残惜しいが今晩コーチンを出発です。

バンガロールもまだまだ、南インド文化圏。
おいしいコーヒーに期待して、行ってきます。
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# by ya_switch_nao | 2006-01-30 14:28 | インドのこと

コーチンにて

漸く快適ネット空間発見!
カニャークマリから列車で7時間、ケララ州のコーチンまでやってきました。

昨晩、日が暮れてからコーチンに到着したので極度の暗がり恐怖症の私は宿探しを断念、
勧めもしないオートのおじさんから無理やりききだした宿に泊まることにしました。
200Rsまでまけてもらいつつも、なんだかあまり好きじゃないとぶーたれていた私。
設備はいいのですが、住宅街にあって暗いし、近くにチャイショップもない。

おなかぺこぺこでとにかくごはん!と思ったのですが、近くに食べるところはないんだ、
併設のレストランで食べたら?と宿のおじさん。ますます不機嫌になる私。
メニューもない、レストランとはとても呼べるようなところではないけれど、
しかたない、あるもの食べます!ということでドーサを作ってもらうことになりました。

15分後。
でてきたドーサは、できそこないのパンケーキみたいなふにゃふにゃの物体。
正直、みてくれも、味も、おいしいといえるものではない。

しかし、しかしなのです。
どうだい?と自信満々のおじさんの笑みをみていたら、途端に物体Aがごちそうのように
思えてきたのです。きっと魔法をかけられたに違いありません。
とにもかくにも、その魔法のドーサのおかげで昨晩の私はおおいに幸せになれたのでした。
確かにコーヒーはおいしかったし。
宿にも親しみを感じはじめ、朝起きたらもう好きになっていました。
そうさ!場所が悪いだけさ!と。


さてさて、
南インドの人は全員とは言わないけれど、大方親切で人懐っこいように思います。
今日は朝からフォート・コーチン地区に船にのってあそびにきているのですが
街の人々との会話がいちいちたのしい。きっといいところだと思います。
そうそう、今朝、オーガニックカフェで食べた朝食が、
野菜そのものの味のするスープと素朴なパンでとてもおいしかったです。
インドは野菜がおいしいのだから、こういうのもっとあってもいいのになーなんて。
マサラ、大事なんだからしかたないか。


どのくらいここにいるか、考え中。
もし、移動するなら次はバンガロールです。
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# by ya_switch_nao | 2006-01-29 18:22 | インドのこと

風にのって

昨日と違って、ものすごい強い風が吹いている。
強い風にしかめっつらになりながら歩く私の横を4~5才の少年ふたりが駆け抜けていった。

手を翼のようにひろげ、楽しげに舞いながら。

彼らはこの風にのって空を飛んでいるのでした。
鳥になって。

なんだか自由だなあ。

身をまかせてみると、なるほど強いがとてもやさしい風でした。






カニャークマリはヒンドゥ教にとって聖地であるため、インド中から人々がやってきます。
この日、印象的だったのはジャンムー・カシミールから来たという親子との出会い。
カシミールはインド最北の州。そんな遠くから何日もかけてバスできたそうです。
やさしい親子で、夕日を見ながらチャナ(ひよこまめ)をつまみにおしゃべり。
別れ際、お父さんがひとこと。
「お前たち(私とお母さん)、顔がそっくりだよ。」
たしかに初対面ながら親近感はあったけど、そうかー似てたのかー。
それだけだけど、なんだかうれしかったです。

町もいい具合に小さいし、人はやさしいし、果物もおいしいし、
ずっとここにいてもいいかな、と思うほどカニャークマリは素敵な町でした。
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# by ya_switch_nao | 2006-01-27 18:23 | インドのこと

カニャークマリにて

コロンボから飛行機でインドのトリヴァンドラムへ。
トリヴァンドラム空港から市内のバススタンドまで、相乗りオートリクシャ(20Rs)、
バスにてナガルコイルへ(29Rs)、そこで乗換えてカニャークマリへ(6Rs)。
ひたすらに移動を続けて、インド最南端の海辺の街にやってきました。

インド洋と、アラビア海と、ベンガル湾、3つの海が交わるところ。

やわらかい風がふいています。
心なしかインド人もやさしい表情をしています。
夕焼けに海が光ってます。

おとぎの国のよう。

でも、第一印象は・・・・熱海??

宿もいいところが見つかったので
(150Rsだけどおそろしく清潔&かわいい造りで、なにより窓から海がみえる!)
予定よりもすこしのんびりしていこうかな、と思います。



昨晩はスリランカのコロンボにて。
たかが一泊、されど一泊、なかなかにおもしろい出来事がありました。

スリランカ航空は北京からの乗り継ぎだったようで、
北京や広州で働く中国語ぺらぺらのインド人たちに出会ったこと。
つたないながらに中国語とヒンディ語でコミュニケーション、いっときヒーローに。
乗り継ぎが同じだったケララのコーチンで働くイスラムのお医者さんと友達になったこと。
ペンパル希望のスリランカ人からアドレスを預かったこと。
(誰か彼と文通したいかたいませんかー?大募集です!)

ほんのすこしの時間でしたが、いつかスリランカに行きたいなと思いました。
もちろん、TSUNAMIのこと、忘れちゃいけないですね。



さてさて、日も傾きかけてきたので、再び海へ行ってきます。
念願のレッドバナナも買いに行こう。
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# by ya_switch_nao | 2006-01-26 21:42 | インドのこと

今日の日記

社会人になって忙殺されるだろう私にこの日々を見せつけてやるために、
新年を迎えてからほぼ毎日日記をつけています。でもインドに入って続くかな・・・。

ようやくバンコクを出発です。
いまは、ひたすら海がみたい。
魚を喰らうインド人に会いたい。
南国娘になって砂浜を散歩してやりたい。


昨日の夜、なつかしいひとに会いました。
カオサンの寺裏で串焼の豚肉とカオニャオ(もち米のスティック)を売る屋台のおばさん。
前回も、前々回も、探したのにどうしても会えず気になっていたのですが、
いつもどおりに淡々と肉を焼いている姿を見つけました。
おばさんは、耳と口が不自由なので、ジェスチャーで会話するしかありません。
それでもひとりで切り盛りしているようです。しかもものすごく旨いのです。

そういうわけで
昨日の夕飯はおばさんの焼いた豚串焼きとカオニャオをLEOビールでいただきました。
かるく酔っ払いました。


さて今晩にはスリランカ。
明日の朝には夢にまでみた南インド上陸です。
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# by ya_switch_nao | 2006-01-25 14:16 | 旅のおはなし(インド以外)

ひととき

朝、目が覚めて、窓から差し込むいつもとは違う光と町の音に、一瞬ここはどこだろうと考える。
なんだかなつかしい。
どこだろう。

ああ、そうだ。
私はいま、バンコクにいるんだ。また、旅に出たんだった。
また、旅にでてしまったんだ。



一人で旅をするのはとてつもない自由を得る反面、どうしようもなくさみしい。
どんなに頑張っても、私が日本人であることにはかわりなく、
その土地の人々が背負う悲しみも、生きることへの責任も共有することはできない。
ときどき、笑顔とすこしの言葉を交わし、人生にほんのすこし参加させてもらうことはできても、完全な共有なんて傲慢も甚だしい。

でも、
わかっていても、すこしでも入り込む隙があったなら、
どうしてもその穴を無性に求めてしまうのも確かなことであり、
屋台を営む人々とのほんのひとときの会話や、バスの運転手とのなんてことのないやりとりにも小さな幸せを見出してしまう自分を消すことはできない。

責任も負わずに、円の強さを利用して甘いひとときを追い求める私は、
なんて贅沢なんだろう。


さみしさはその代償なのかなあ。
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# by ya_switch_nao | 2006-01-24 23:28 | 日々想うこと

南へ

直前だったので安いチケットがとれず(予想はしてたけど)
明日、南インドのトリヴァンドラムに飛ぶことにしました。
スリランカ経由でコロンボに1泊できるので、まあいいか、といった感じです。
今回の旅は、成田に足止め、インド入りも5日ほど遅れ、出だしはスムーズでないけれど、
その分、旅してる!感大充実でなかなか愉しい。

さて、今回バンコクでは常宿のお隣に泊まってみました。
値段も隣より安いし、入り口で靴を脱ぐので裸足、それに陽がさしこむのできもちよい。
スタッフの感じもいいです。カオサン寺裏のPEACHY G.H.お勧めです。

それにしてもタイ人の話す英語はわかりにくいがとてもセクシーにきこえる。
インド人英語はわかりやすいけど、セクシーではない。
なぜだろう。あの、相槌の打ち方とか、びっくりの仕方とか。
私だけかなあ。なにが起因しているというのか。あやしい。



日本の生活とうってかわってなにも予定のない時間。
さあ、今日はなにをしようか。
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# by ya_switch_nao | 2006-01-24 15:04 | 旅のおはなし(インド以外)

Bangkokにて

夜、天井でまわるファンをベッドに寝そべってながめる。
アジアの旅で幾度となく繰り返した行為。

窓からは夜のバンコクの音。
生ぬるい風。独特のにおい。


同じ夜の時間でも、
日本の夜と、タイの夜は違うだろう。

同じアジアでも。
同じ地球にいることにはかわりなくとも。


切なくも、それは当然で、だから私は旅をするし、日本に帰る。


なぜか旅のすべての夜の記憶が通り抜けていったバンコクの夜。
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# by ya_switch_nao | 2006-01-23 15:58 | 旅のおはなし(インド以外)

at NRT

大雪の影響で成田空港に27時間閉じ込められ、ようやくバンコクの宿に落ち着きました。
成田ではどこのホテルも満室で個人客は当然のように雑魚寝。
私は雑魚寝はお手の物だけど、お年寄りや小さなこども(乳幼児もいた)もいたのに。
エアインディアはまだましで、3回分の食事券とブランケット、ランチボックスが支給されましたが、NZ航空なんかは一切れのマフィンだったそうです。

大変だったけどいくつか心に残る出来事もありました。


これからNZにホームステイに行く年配の女性との会話。
年をとってもなんでもできる人間のエネルギー。

3~4才の二児をつれた若いお母さんの言葉。
ぐずるこどもに一喝。「大成(子供の名前)は幸せなの!」

ユーラシア旅行社の添乗員さんのプロフェッショナルさ。
心から格好いいと思いました。(雑誌「風の旅人」をやってる会社でもあります。)

成田空港の職員高橋さん。
夜通しみんなの苦情に答え、疲れているだろうにずっと丁寧な対応を続けていました。
まだ私と同じくらいの年のお兄さんです。

それに比べてツアー参加者の年配の男性何人かは、
そんな高橋さんたちに文句を怒鳴り散らし、周りを不愉快にさせたうえ、警察沙汰に。


みんな我慢しているのです。
雪だもの、しかたないよーって。

彼らはこれからインド旅行だそうです。
こんなことで切れてたら、インドではやっていけません。
それどころか日本でだって。

誰かがぼそりとつぶやいた言葉。
「日本人がいちばんはじめに絶滅しそうだよね。」



うーん、ごもっとも、ですね。
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# by ya_switch_nao | 2006-01-22 23:29 | 旅のおはなし(インド以外)